近況報告

お久しぶりでございます。

 

3ヶ月近くブログを放置してしまいました。

これだけ長く放置したのも久しぶり。

 

身内の不幸がありまして、色々と考えさせられることがありました。

考えすぎて眠れない日もありました。布団の中で6時間もぐるぐるぐるぐる考えを巡らせて朝方になってやっと少し寝れる日も。

 

身内っていうのは、まぁ祖母のことなんですが、私が生まれた時から両親が共働きだったので育ての親みたいなものです。

ばあさんが作った飯でここまでデカくなったと言っても過言ではありません。

 

そんなおばあちゃんが体調不良を訴えはじめたのが確か6月下旬あたりかな。

そこから自力で立てなくなり、腕が上がらなくなり、声が出せなくなり……と今まで元気だった姿が一気に崩れていく様を見るのは正直耐えがたいものがありました。

 

そして、7月上旬に入院。

ただ心のどこかですぐに治るだろうという気持ちがあって、1週間ぐらいすれば退院するんじゃね?という気持ちのまま、とりあえず近くにせまったJBCF石川ロードに集中することに。

 

すぐに治るだろうという気持ちはあれど、もしかしたら…という最悪の状況を想定する気持ちの方が強く、石川のレースが終わったその足で病院に直行してお見舞いに行きました。

 

1週間以上、お見舞いに通っているといよいよ鈍感な自分でも状況がわかってきます。

すると急に涙が出てきました。

色々と心配させたり、時には祖母を無下に接した時のことを思い出し後悔の念が涙となって溢れ出てきます。空っぽになった祖母の部屋を見ると涙が止まりません。

 

そこから気持ちの整理と、これ以上後悔をしないために時間が許す限り見舞いに行きました。

首の後ろに腫瘍ができ、動かせるのは首から上だけ。

手の感覚も、足の感覚もありません。おでこに手を当てると「あったかいね」と。

毎日、少しずつ。そして確実に姿が変わっていく祖母を見に行くのは勇気がいりました。

 

 

特に亡くなる数日前あたりは怖くて、足が重かったのを覚えています。

 

ほとんど声が出なくなり、口に耳を近づけないと聞き取れません。

最後の会話は、祖母が何かを伝えたげに一生懸命しゃべっているのが聞き取れなかったので、「ばあちゃんよく聞こえないよ」と言うと「あとで」という言葉だけ聞き取れました。

それが最後の会話でした。

 

その翌日から昏睡状態になり、山の日の8月11日朝7時半ごろ祖母は息を引き取りました。

悪性リンパ腫。享年88才。

 

9月29日に四十九日の法要が終わり、気持ちも前に向いていますが、やはりまだ祖母のことを考えてしまいます。

こればかりは時間が経つのを待つしかないでしょう。

祖母の死をきっかけに色々と考えさせられることがありました。

 

 

もし、あっちの世界があるのなら何十年後になるかもしれないけど、もう一度「あとで」の続きを聞いて、ちゃんと伝えたいです。

「育ててくれてありがとう」と。

 

 

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2 件のコメント

  • ご無沙汰しております。今オーストラリアに来ています。バンさんの記事を読んで、つい涙ぐんでしまいました。シーンがあまりに想像出来過ぎてしまいました。もうすぐ我が家でもその時が近づいていると思うので、出来る限り受け止めたいと思います。

  • 受け入れるのはとてもツラいことだけど、いつかはそして何回か通る道だからしっかりと心の準備は必要だね。

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